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2006年9月28日 (木)

照和伝説 パート2

1978年12月1日、大牟田線の終点・福岡駅の近く、天神にある、

ライブハウス「照和」には夕暮れ時を待ちきれぬように、

長髪の若者たちが、ひっそりと肩を寄せ合って、

どこからともなく集まっていた。

その店では、閉店を余儀なくされた、

最後のお別れパーティーが、今開かれようとしていた。

時のチーフマネージャー門田一郎とそのスタッフの無念さは

計り知れないものがあった。

 

 

1982年3月1日発行 富澤一誠著 「照和伝説」の件である。

 

 

928_001_1妙安寺ファミリーバンド、

グルービー、ジェフ、

リンドン、ピエロ、ラム

まだまだ・・・

チューリップ、海援隊、

甲斐バンド、長淵剛、

西田恭平、永井龍雲、

サンハウス、ロッカーズ、

モッズ・・・ 

928_002

928_003 

 

 

 

 

 

その時代の空気を少しでも味わえた事に感謝してます。

そして毎晩、繰り広げられる宴に

博多に生まれてよかったと感じてております。

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 7・金太郎のタワゴト」カテゴリの記事

コメント

あの頃は良かったです。皆、青春してました。博多出身のアーティストが犇き合っていました。ダンパと言えば多夢までせっせと出掛けていましたしS大、F大で学祭があると聞けば迷わず駆けつけていました。大宰府のD大の講義に紛れ込んだ事も今は懐かしい想い出です。って言う事はアタシは学生の頃から弾けてた!と言う事なんでしょうか?

投稿: kemeko | 2006年9月29日 (金) 21時41分

あの頃は、良くも悪くもいい時代でした。
懐かしく思い出されます。
街にも人にも元気がありました。

お客様の声より

投稿: 金太郎 | 2006年9月29日 (金) 22時04分

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